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「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」

「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」第28話

第28話

1月25日福岡市の西南学院大学で、昨年12月4日アフガニスタンで医療支援や井戸掘り・灌漑事業などに取り組み、現地で武装集団に殺害された中村哲医師(享年73歳)のお別れ会が開かれました。沢山の人が集まりその死を惜しみました。

「ばんざい人間」でもお話が聞きたいと、京都に講演に来られた時にゲスト交渉をしましたが、時間が取れず電話インタビュ-をお願いしたことがあります。

早川一光先生の本「人生は老いてからが楽しい」洋泉社(2003年11月20日初版発行)を見ていると「アフガンで井戸を掘る医師」の記述がありました。(16年前の記述です。)

かいつまんでご紹介します。

「・・・ぼくは、ノ-ベル賞の選考には、少しばかり不満も持っています。それはなんでこの人が選ばれないんや、という人がいるからです。その筆頭は中村哲氏。中村先生は医師で1984年にパキスタンのペシャワ-ルへハンセン病の担当医師として派遣されて以来、ずっとパキスタンやアフガニスタンの無医村地区で無償の医療活動に従事しています。{医者 井戸を掘る}という本を出して、話題になりました。中村先生はこの本のとおり、井戸を掘りました。アフガニスタンで、せっせと井戸掘りをしたんです。それもなんと1000も。なんでそうしたかというと、まず飲み水を確保することが、生きるために重要と考えたからです。今のままでは、赤痢や疫痢、コレラ等の伝染病から、アフガニスタンの人々を救うことはできない。抗生物質を与えて1人、2人、あるいは10人、20人、救うことはできるかもしれない。手術を施して1人、2人を助けることもあるいはできるだろう。しかし、もっと何か、別の根本的な解決策はないか。中村先生は、そう考えたんだと思います。それが井戸を掘ることでした。」

 早川先生も、常に病む人の立場に立って医療を行う。

患者さんの環境、暮らしのなかから診るというお医者さんでした。

「ぼくは戦後、京都の西陣で、どぶに排水溝を造るという運動をしました。当時は、狭い地域で共同便所や共同井戸を使って生活してましたから、結核などの伝染病が流行したのです。それを改善するには、まず排水溝を整備することが先決と思って、京都市に掛けあったりしました。しかし中村先生は、井戸を掘ることからはじめられた。頭の下がる思いです。」

自分の命は自分で守る。

住民による住民のための医療、福祉を訴えてきた早川先生も又規模は違いますが、考え方や目線は同じでした。

そしてそれを実践する、継続されたのはすごい事で、地域医療のパイオニアといわれる所以です。

そして予防医学と人材育成こそ、大切と訴えておられます。

「・・人材をいかに作るか。実はこれも医療なんです。いえ、これこそ医療といえるかもしれない。」

中国・武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎拡大の中、おたがいに出来る限りの予防と自衛を!

又、来週(つづく隔週予定)


*「人生は老いてからが楽しい」洋泉社ダウンロード版

*著者紹介

KBS京都「早川一光のばんざい人間」を立ち上げた初代ディレクター

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