「ST、在宅やってるってよ」その62
今回のテーマは「寄り添う」についてです。
我々の業務は、他の在宅多職種に比べて圧倒的に「話す」ことが多いかと思います。
目的、理由は構音障害、失語症、コミュニケーション代替評価、嚥下機能強化、音声障害に対して等などありますが、その過程で「話す」の割合が圧倒的に多いと思います。
ここの記事でも「個人因子」「その方に合った」「楽しくないと話したくない」などを含めて書いて来ています。
その「距離感」、「寄り添い方」についてです。
そこを間違えると「囲い込み」「服従」関係や「燃え尽き症候群」に陥ることがあります。
どちらも過信があるかもしれません。
①「自分だけが○○さんの真の○○をわかっている」
②「自分ならこの業務時間の間に+○○も出来る」
③「業務時間外によく相談の電話・メールが来るけど、仕事なんで対応しないといけない」
④その方の希望なら難しくても応える
①はSTはコミュニケーションスキルで言語理解できる部分は多いかもしれませんが、
出た表出、くみ取れた表現が「真意」かどうかは別です。
全く言語理解をくみ取れていなくても、これまでの家族関係からくみ取り理解出来るご家族も当然おられますし、表現と真意が相反する性格の方も当然います(所謂、ツンデレだったり、、)
通じ合っているように思っても「ビジネスライク」かもしれません。
「その業務の中の困りごとは信頼して下さっている」という範囲の信頼かもしれません。
また状況、状態の変化によって、在宅で自分の職種が関わることがベストでは無くなってくることもあります。その際に次のサポート環境サービスを提案出来るのもプロだと思います。
②通常の業務以外にお願いを聞く(例えば、買い物だったり掃除だったり)
これは一見、その場では感謝されますが、業務としては違います。
頼まれごとの範囲をサポートする職種の方に応対してもらわないと、慢性化した場合
本来の業務に支障が出たり、他のスタッフでの応対が難しくなってしまいます。(そもそもケアプランとの整合性が無いので保険サービスとしてアウト、、)
③こちらもずっと応対していると「燃え尽き」の原因となります。
痛み、苦しみに寄り添いながらサポートするのも我々の業務ですが、ずっとその方の気持ちになったつもりで「寄添う」ことはストレスになり、負担となると本来の業務として応対する時に「寄添えない」という悪循環になります。
業務以外は切り替えるというスキルは必要です。(自分に言い聞かせる感覚かもしれません)
④出来ないこと、リスクが高いことをその場の感情で受けてしまうことは避けるべきです。
例えば、「最後までトイレでさせてあげたい」
その想いはすごく尊いです。
が
ST一人で身体面のリスクがある方に客観的に厳しい、リスクの高い状態で応えるのは違います。専門職に評価を仰ぎ、出来る体制を整える。その環境下で応える。
そうでないときは応えない。が大切です。
私もご家族に
「もし、トイレの乗り移りの時に何か事故になっても構わないから、最後までしてあげて欲しい」と
定められている環境下で無い時にお願いされたことがあります。
お断りしました。
後日お亡くなりになられた後、ご挨拶に行くと
そのご家族から
「亡くなる前の日に一人で移乗してくれた方が少し失敗して、それから一気に具合が悪くなったんです、あれがなかったらまだ生きてたかもしれないのに、、」
こんな感じで
人の気持ちは良くも悪くも変わるものなのです。
また、サービス提供者と当事者の関係は「対等」であるべきだと思います。
信頼関係を損なう応対が続けばサービスは出来ないこと、提供範囲を超える内容は
行えないことを主張する必要が時としてあります。
大切な「想い」に応え続ける為に、寄添い方、距離感には気を付けたいものです。
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